2005/12/26

嬉しかったこと

私の作ったブローチを購入してくれたお友達が、先日会ったときにそれをつけてくれていた。お付き合いで買ってくれたのかな?私と会うから付けてやってきてくれたのかな?と思ってしまう小心者の私がいます。でも、そのときに周りにいたお友達が「この前も付けていたよね」「あの時も付けていたよね」と、彼女がいつも付けてくれていることを知る。

ありがとう。
自信が少しずつついてきます。
自分だって「良いな」と思うから友達の作品を購入するのに、なぜあんなことを思ってしまったのか、勝手に思っていたとはいえ申し訳なく思った。遠く、知らない土地の人が私の「子たち」を気に入ってくれたのもとても嬉しかったけど、手が届く大好きなお友達が「子たち」を大切にしてくれているのをしるのもまた違った意味で嬉しい。

いまだに100%は「子たち」に自信を持っているとは言い切れません。自己満足で作った子こそ「他の人にわかってもらえなくてもかまわないわ」だなんて、思ってしまったのだけど、その「子」をみんながほめてくれていたのはびっくりした。いや、嬉しかった。自分のセンスに自信を持つのはどういう道を歩いたら得られるのだろう。完璧を目指しても完璧なんかないことはわかっているけど、それでも「不細工だからかわいい子たち」を「美しいでしょ」と声に出していえない私は、その恥ずかしさはできの悪い子に対してのものではなく、どうやら自分のセンスに対してなのではないかと思う。そのセンスとやらだって、人それぞれ感じ方が違うのだから良い・悪いなんて基準はないのだ。 では、なぜ自分自身のセンスに対してそう感じるのか? きっと、理想像に手が届いていないのだろう。

私は何か作ったり仕事をしたりするとき、手抜きをしていることはありません。(不本意なことはあっても手抜きではないです)でも、目指すところには到達していない気もする。
その目指すところとは?
まだ、見えない。でも、きっと見えてくる。しかし、死ぬまで満足のいく理想像にはたどり着かないんだろうな。辿り着いたら私は作ることをやめると思う。仕事もがむしゃらにやって、すべてが見えて、その先も見えてしまったとき辞めてきた。
夢は大きく。理想は高く。
がんばれ、私。

そんなわけでありがとう。
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